20260224

 死にたい

ではなく

どう生きればいいのか

分からない


いや短期的に死にたいと思うことはある

自分自身の能力が足りていない時

恥ずかしい時

そう思う

ただ

その感情が長く続くことはない

1番の問題は

どう生きればいいのか=どのように排除されることなく生存し続けるか

というもの

中学生の頃から漠然と抱え続けてきた問題である

そして未だに解決していない


おそらく

この問題に執着している限り

私は死ねない

自死を選択できない

なぜなら

生きることを考えているから

根源的な目標が死に収束しているなら

私は既にこの世にいない


どのように排除されることなく生存し続けるか

その過程で

他人の顔色を伺いつづけてきたのは事実だろう

あるいはそうし続けてきたからその問が生まれたのか

分からない

ニワトリとたまごの問題に近い


自分の感情を抑えすぎていたのも事実だろう

ときどき溢れる感情が

苦しい

嗚咽する


自分の体が自分と思えない時がある

他人の腕がくっついているような感じ

身体も借り物だ


どうやって生きるのかは

何のために生きるのかともとれる

目的なく生きることができるのはお釈迦様だけ

そうなりたいのでなければ

目標は必要だろう


↑いちおう閲覧注意で

気分を害する人がでると思うので


漫画なので

テンポがよくすすんでいくけど

実際は

これよりも少しゆるい

いやゆるいかな結構言われたことある言葉があるような気がしないでもないけど

ともかく

それが10年、20年と

続いていく

できれば教師が気付いてほしいが

まぁ

無理

うちは

祖母がこんな感じだ

両親は共働きだから

私のことは

見てるようないなような

少なくとも子供のころは会話することほとんどなかったね


あなたに幸せになってほしいの真意は

私が幸せになるためにはお前がいなければならない

私の思い通りに育って幸せにならなければならない

そういう呪い


だから

イライラするんだよな

親にお前の道を歩まなければならないとか言われると

あまりにも薄っぺらくて今更な言葉で


周りから見たら

俺はあまりにも

子供なんだろう


これからどうすればいいのか

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